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映画・空の青さを知る人よの考察まとめ!しんのが消えた理由やタイトルの意味も

 
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映画『空の青さを知る人よ』を観てきました!

全体的にスッキリ終わった印象ですが、いくつか以下のような疑問を持ちました。

  • しんのはなぜ現れたのか理由や経緯はなんだったの?
  • 上記に関連して、最後にしんのが消えた理由は何だったのか
  • 意味深に挿入される曲、ガンダーラの意図
  • タイトルの意味(この作品で伝えたかったことは何だったのだろうか)

この記事では、これらの点を考察していきます。

映画『空の青さを知る人よ』の考察まとめ

しんのはなぜ現れた?

『しんの』という存在に対しての詳細な説明はなかったですよね。

まずはなぜ現れたのかですが、しんのがお堂から出れなかったのはギター(あかねスペシャル)が関連していたことは間違いないです。
しんのがお堂から出れるようになった瞬間あかねスペシャルの弦が切れましたからね。

このことから、しんのが存在していた理由そのものがあかねスペシャルに起因していることが分かります。

そして『あかねスペシャル』とはなんだったのかと言うと、バイトでお金を貯めてあかねと一緒に買いにいった思い出のギターです。

そしてそのギターをしんのは上京と共に置いていった。
いつかあかねも一緒に迎えに来ると考えて。

しかしあかねとギターを置いていくことに未練も感じていたのでしょうね。

しんの『あの時のおれ、心のどっかで、どこにも生きたくねえ、ずっとこのままでいてえって、思った。』
出典 空の青さを知る人よ

そして実際に迎えに行けないまま日々が過ぎていき、慎之介の後悔の念だけが強まっていった。

そして慎之介があの街に帰ってきたことが引き金となって、後悔の念が『ギターを置いていった時のしんのの姿』を発現させたのだと思います。

しんのが消えた理由はなんだったのか

しんのはあかねの『今度、ツナマヨのおにぎりでも作ってみようかな』という一言をきっかけに消えました。

なぜこのセリフでしんのが消えたのかですが・・・

まずこのあかねの台詞でわかるのが、『あかねがあおい離れして自分の人生を生きはじめた』ということです。
あかねは今まであおいを一番に優先して生きてきました。

その表れが『おにぎりの具がいつもあおいの好きな昆布だったこと』に象徴されていたんですね。

つまりあかねのあの一言は、あかねがあおい離れして、慎之介と真剣に向き合うことを決心してくれた一言だったんだと思います。

ずっとここに留まっておけばよかった、あかねを迎えに行けなかった、慎之介の後悔の念から生まれたしんのは、安心することがやっとできたのかなと思います。

実際に原作小説でもこんな補足の描写がありました。

今この瞬間、しんのはいなくなった。
あかねと慎之介を見届けて、安心して、慎之介に帰っていったんだ。(あおいの心の声)
出典 『空の青さを知る人よ』原作小説

あのセリフで2人の未来に安心したしんのは成仏することができたんですね。

タイトルの意味とこの作品で伝えたかったこと

まずこの作品を語る上で大事な事実として、このことわざが上げられますね。

『井の中の蛙大海を知らず。されど空の青さを知る』

私は、井の中の蛙大海を知らずの後にこんな続きがあったとは初めて知りました。
『されど空の青さを知る』の部分はどうやら正式なことわざではなく、中国の莊子が日本に伝わった後に付け足された一文だと言われているようですね。

個人的解釈ですが、

井戸の中のカエルは広い海のことを知らず狭い世界に生きているけれども、外の世界に対する夢と希望を持っている

こういった意味だと思っています。
逆に言うと・・・

井戸を出たカエルは海の広さを知ることはできたけれど空を見上げること(夢と希望を持つこと)を忘れてしまう。

そしてこの後半の『夢と希望』を持っているか/持っていないかが、しんの(高校生)と慎之介(大人)で対比されて表現されていたのでしょう。

しんの・・・空の青さを知る人(大海に出ていない)
慎之介・・・空の青さを忘れてしまった人(大海に出た)

実際に原作小説でも『しんの』に対する慎之介の心の声としてこんな描写がありました。

お前が思っているほど、社会も現実も甘くない。お前はそれをわかってない。イライラする。腹立たしい。知ったような顔を、今この場で張り倒してやりたい。でも、そんなこいつが、堪らなく羨ましい。(慎之介の心の声)
出典 『空の青さを知る人よ』原作小説

慎之介『あかねの好きな言葉の意味に気づいたの、東京に行ってからだった』
出典 『空の青さを知る人よ』原作小説

高校生のしんのだった頃は『空の青さ』を知っていて、それが羨ましいという気持ちを抱いていたんですね。

ちなみにあおいも『空の青さを知る人』ですよね。
原作小説にこんな補足描写がありました。

「あー……空、くっそ青い」
この空の青さを知った自分は、何ができるだろう。
何に、なれるだろう。
『井の中の蛙、大海を知らず。されど空の青さを知る』
あたしは、大きな海へと出られたんだろうか。
もしかしたらここはまだ、井の中かもしれない。
どこまで走っても、結局、井戸から出られないのかもしれない、と思うこともある。
そんなときは、あかねの好きな言葉に倣って、空を見上げることにしている。
ここがどこだろうと、空の青さをちゃんと見ておこう。
曇っても、雨が降っても、冷たい風に目を開けていられなくなっても、空の青さを、ちゃんと覚えていよう。
出典 『空の青さを知る人よ』原作小説

個人的な解釈としてはまだあおおいは大海へは出てないですよね。
この街から出たこともないのですから。

でもまあ慎之介を見て『大海』がどんな場所かなんとなく察したのはあるかもしれませんが。

そして慎之介はこの物語で『空の青さ』を思い出しました。

この物語は、大海へ出ても『空の青さを忘れないこと』を伝えたかった物語なのだと思います。

ガンダーラの意図

ちなみに、作中やたらと意味深に混ぜ込まれていた楽曲、ガンダーラ。
これも『井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る』というような意味の楽曲なんですよね。

一部抜粋ですが、こんな歌詞です。

そこに行けば どんな夢も 叶うというよ
誰もみな 行きたがるが
遥かな世界 その国の名はガンダーラ
何処かにあるユートピア どうしたら 行けるのだろう 教えて欲しい

愛の国ガンダーラ 生きることの 苦しみさえ 消えるというよ
旅立った人はいるが あまりに遠い
自由なそのガンダーラ 素晴らしいユートピア
心の中に生きる 幻なのか

ガンダーラというなんでも叶う愛の国があるらしい。
しかし本当にそんなユートピアは存在するのだろうか、幻想の中にだけある幻なのだろうか。

こんな風に要約できますね。
そしてこの作品で言う『ガンダーラ=大海』ということですね。

井戸の中から出て、大海(ガンダーラ)へと旅立った人として慎之介が表現されていたということでしょう。
ガンダーラをやたら登場させていたことにも意味があったんですね。

まとめ

今回は『空の青さを知る人よ』についてまとめて考察してみました。

こうして振り返ってみると細部までこだわって表現されていたんだなーと感じます。

原作小説では心の声などで補足されていたので、映画では分からなかったことが理解できるようになっていました。

そちらを読んでみて補完するのもオススメです。
その他疑問点あればコメントいただければ考察していきます。

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