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秦の始皇帝の性格は?キングダムの嬴政(えいせい)との違い史実を元に比較して解説

2019/04/28
 
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漫画「キングダム」が実写映画化されましたね。

キングダムは実際の中華の国「秦」をモデルにしていることで有名ですが、

  • 史実での秦の始皇帝はどんな性格だったのだろう?
  • キングダムの政のような人物だったのかな?

こんな疑問をみなさんお持ちなんじゃないでしょうか。

今回は史実での秦の始皇帝の性格と、キングダムの嬴政(えいせい)との違いについてまとめてみました。

秦の始皇帝の性格は?

秦の始皇帝

出典 ja.wikipedia.org

中華を最初に統一した最初の王として現代にまで名を遺す秦の始皇帝。

生前の性格はどんなものだったんでしょうか。

歴史上で始皇帝によって行われた行為を紐解いていくと、その性格がおぼろげながら見えてきます。

自分に従わないものは容赦なく処分する暴君

秦の始皇帝はその生涯の中で幾度となく非道な行いをしており、暴君としてのイメージが強かったと言います。

例えば

  • 不義理を働いた呂不韋の葬式で涙したものは処分する
  • 自分を暗殺しようとした燕の首都の民を虐殺する
  • 秦王朝の郡県制に反対した儒者たちを生き埋めにした(実は生き埋めではなく、処刑後に埋めたなど諸説あり)

基本的には自分に逆らうものは殺しておく、ぐらいのノリですね。

十分暴君と呼べる所業でしょう。

しかし秦の始皇帝もこんな風に育ってしまったのもその壮絶な幼少期に理由があるのですが、それはまた別の記事で語ろうと思います。

自分だけの称号作っちゃうくらい自己顕示欲が強い

秦の始皇帝は最初から始皇帝と名乗っていたわけではありません。

自分で作った(家臣に命じて作らせた)んです。

元々国が7つに割れていて秦がそのうちの1つの国に過ぎなかった頃、秦の始皇帝はまだ「秦王」と名乗っていました。
それは他の6つの国も同じで、「趙王」「燕王」「楚王」・・・などなど、王というものは複数存在していました。

中華統一後、秦王は中華の唯一の王である自分にはただの「王」では不十分だ。
「中華を統一した王にふさわしいだけの威厳のある呼称を考案せよ」と臣下たちに命じます。

この時、提案の中で最終的に決定されたのが「皇帝」という称号。

この皇帝に「始まりの・最初の」という意味をつけて「始皇帝」と言う呼び名を作りました。

さらに自分の後に続く秦王は「2代目皇帝、3代目皇帝」と名乗るようにと付け加えます。

どうしても自らを偉大にして唯一の王として後世に名を残したかった。
その自己顕示欲の強さが読み取れますね。

永遠の王でいるために不老不死を求める

晩年の秦の始皇帝は不老不死の法を探し求めます。

世界(中華)を統一して全てを手に入れたと思った始皇帝は、最後に不老不死を手に入れて、自らが手にした絶対権力を永遠に手にしていたいと思ったのでしょう。

部下に命じて山に仙人を探しに行かせたり、水銀を飲んでみたり色んな方法を試しますが結局願いは叶わず。

49歳にしてその壮絶な人生に幕を閉じます。

この不老不死の逸話についても、”自分”を最も大切にしていた始皇帝の性格が垣間見えます。

キングダムの嬴政(えいせい)の性格

一方でキングダムに登場する秦王・嬴政(えいせい)はどんな性格をしているでしょうか。

ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、主な性格をまとめてみましょう。

中華を平和にするために統一を志す

キングダムの政(以下政)は平和を重んじる性格です。

中華統一を夢に掲げているのも、500年間続いている国家間戦争を憂いてのこと。
平和のためなら後世から暴君として批判されることになろうと構わぬと、武力による中華統一を目指します。

作中では何よりも世の平和を大切に考え、またそのためならどんなことでもするという強い意志を持った人物として描かれています。

権力によらない法による統治を志す

作中の1シーンに斉王と政の問答があります。

政が中華統一を仮になしたとして、他の6国の民から秦は恨まれるだろう。
そんな状況でどうやって中華全土を統治するのか。

斉王は政にそう問いかけます。

そこで政が出した答えは

「法」

中華全土を支配した時、民たちの上に立つのはであってはならない。
こそを人の上に置くべきだ。

政は自分たち王族は退いても、法という実態のないものが人民の上の統治することを考え出したのでした。

このエピソードからは政の自分の地位に執着しない、他人(民)を第一に考える性格が見て取れます。

国の危機には危険を顧みず自ら前線に立つ

作中で6国による合従軍が秦に迫った際、李牧率いる別動隊に秦の首都にあと一歩で迫られるというところまで攻め込まれます。

それを迎撃できる武将がだれも首都には残っていない、そうなったとき政は

自分が出る

そう言って最後の小城として抵抗をする民を鼓舞しに前線へ赴き、一緒に戦います。

このエピソードから、政の自分の命よりも国を重んじる性格が垣間見えます。

秦の始皇帝とキングダムの嬴政(えいせい)の違いは?

史実の秦の始皇帝と、キングダムの政について、それぞれの性格を考察してきました。

はっきり言って両者の性格は真逆であると言っていいでしょう。

<両者の性格の違い>

史実の秦の始皇帝 キングダムの政
自分のために中華統一 人民のために中華統一
自己顕示欲が強い 自分の地位に執着がない

自分の命に執着がある
(不老不死を追い求める)

自分の命より国のことを想う

ここまで性格が違うと、キングダムの政は全く史実を元にしていないかのように見えますが、行動に関してはかなり共通点が多いです。

<両者の行動の共通点>

史実の秦の始皇帝 キングダムの政
幼少期は敵国・趙にて暗殺から逃げる日々を過ごす 幼少期は敵国・趙にて迫害を受ける日々を過ごす
呂不韋の不義理が発覚し、国を追放する 呂不韋との政権争いに打ち勝ち、秦の王としての権力を得る
中華統一後に新たな法を制定する 中華統一後は法による統治を宣言する

この他にもまだまだありますが、行動による共通点は多いです。

キングダムの作者・原泰久さんは、史実の始皇帝の歴史は曲げないように主となる行動は踏襲しています。

そして漫画のメインキャラとして相応しいように「暴君 ⇒ 名君」へと性格を改変してキングダムを描いているのでしょう。

まとめ

今回の記事をまとめると、

  • 史実の秦の始皇帝の性格は暴君のそれ
  • キングダムの政の性格は名君のそれ
  • 作者は両者の行動は共通させつつもうまく名君として脚色して、政というキャラクターを描いている

でした。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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